解決策
1971年、オレゴン大学の陸上コーチであり、日本製シューズの輸入業者で後にナイキとなるブルーリボンスポーツの共同創業者でもあったビル・ボワーマンは、金では解決できない問題に直面していた。2年前にヘイワード・フィールドに敷かれた新しい合成ウレタン製のトラックが、ランナーの足を傷めていたのだ。金属製スパイクは深く刺さりすぎ、滑りやすいフラットシューズはまったくグリップしなかった。彼はすでに、スパイクなしで高いトラクションを持つソールの設計を既存の靴メーカーに依頼していたが、どこも関心を示さなかった。
ある朝、妻バーバラが朝食を作る様子を見ながら、ボワーマンは彼女のワッフルアイアン(1936年の結婚祝い)の格子に目を留め、液体ウレタンをそのまま流し込み、アイアンを接着して使い物にならなくしてしまった。彼は中古のアイアンを買い足して実験を続け、できあがった多面体のトレッドスタッドについて1972年に特許を出願した(1974年に成立)。初期版は1971年11月のNCAAクロスカントリー大会で実際に走らされ、その形状は1975年のワッフルトレーナーとしてナイキ初の本格的な商業的成功となった。
達成したこと
家庭用のワッフルアイアンを無償の型として使い、その格子に液体ウレタンを流し込むことで、どのメーカーも設計しようとしなかったトレッドパターンを試した。
うまくいった理由
ワッフルアイアンの格子は、彼が試したかった多方向のスタッド形状に近かった。
液体ウレタンをアイアンに流し込むことで、メーカーを待つことなく、数分で実際の物理的な試作品ができた。
試作品をNCAA大会で走らせることで直接的な検証が得られ、その後の特許取得と量産を正当化した。
応用できること
既製品で仕様を満たす部品がないときは、日用品を無償の試作用型として使い、特注製造に投資する前に新しい形状を実証せよ。
その後
ワッフルソールの「ムーンシュー」試作品が一般小売に大量に出回ることはなく、ナイキのユージーン店で少数が販売されただけだったが、ボワーマンが台所で見つけた形状は1974年に特許を取得し、1975年のワッフルトレーナーとして発売され、その年の受注は10万足を超えるナイキ初のベストセラーとなった。商業的な成果が現れたのは台所での実験からおよそ4年後であり、しばしば言われる2年後ではない。
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出典
- From Waffle Iron to World Stage: The True Story of the Nike Moon Shoe NIKE, Inc. (Department of Nike Archives) · about.nike.com
- Bill Bowerman, His Wife's Waffle Iron, Nike's Early Days and Birth of the Modern Running Shoe Natural Running Center · naturalrunningcenter.com