ジョゼフ・モニエはフランスの庭師で、植木鉢に使える材料に満足していなかった。粘土はすぐに割れ、木は風化し、植物の根で壊れることもあった。彼は安価で成形しやすいコンクリートで鉢や桶を作り始めたが、コンクリートだけでは十分に安定せず、ひび割れた。コンクリートは圧縮には強いが引張には弱いからである。

容器をより強くするため、モニエはコンクリートに鉄の網を埋め込むことを試みた。コンクリートの補強を試みた最初の人物ではなかったが、彼はその可能性を見抜き、熱心に宣伝した。1867年のパリ万国博覧会でこのアイデアを展示し、1867年7月16日に園芸用の鉄筋補強された水槽について最初の特許を取得した。

要点は、二つの材料が互いの弱点を補い合うことだった。コンクリートは入手と成形が容易で、圧縮強度すなわち耐圧強度は強いが、引張強度すなわち引っ張り強度は明らかに弱い。鋼は引張方向に極めて強いが、特注の形状に加工するのは難しく高価である。そこでモニエは引張がかかる場所、すなわちスラブの下面に細い棒の網として鋼を配置し、圧縮はコンクリートに担わせた。

彼はさらに特許を重ねてこのアイデアを拡張し続けた。1868年には鉄筋補強されたパイプと水盤、1869年には建物のファサードパネル、1873年には橋、1878年には梁の特許を取得した。1875年には、史上初の鉄筋コンクリート橋がシャズレ城で建設され、モニエが設計者を務めた。

引張に備えて網を埋め込む

コンクリートは圧縮には強いが引張には弱いため、補強のないコンクリート製容器は引き裂けてしまう。

鋼は引張に極めて強いが、特注の形状に成形するのは難しく高価である。

モニエは引張応力が働く場所に鉄の網を配置したので、鋼がコンクリートでは負担できない引張を吸収する。

その結果、どちらの材料単独よりも強く、しかもコンクリートのように安価で鋳造可能な複合材料が得られた。

ある材料がある種の応力に耐えられないときは、その応力を担う別の材料と組み合わせ、弱い方だけを強化しようとするのではなく、荷重が要求する場所にそれぞれを配置する。

1885年、ドイツの技術者グスタフ・アドルフ・ヴァイスはモニエの特許を買い取り、鉄筋コンクリートを本格的な建築材料に変えた。ヴァイス・ウント・フライタークなどの企業を設立し、ドイツ全土でモニエ方式を広めた。モニエは1888年に破産し、1906年に貧困のうちに死去したが、その名はモニエ・パイプ会社や無数の鉄筋コンクリート構造物に残った。鉄筋コンクリートは現代建築の背骨となり、彼が海外に一括払いで売った特許は他人に富をもたらした。彼がフランスのクラマールで設計した貯水池は今も残っている。

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出典

  1. Joseph Monier Wikipedia · en.wikipedia.org
  2. Joseph Monier — Concrete Reinforcement, Construction, Patents EBSCO Research Starters · ebsco.com